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院長コラム

Vol.28 ずさんな死因究明体制がもたらす悲劇

 2006年の秋、パロマの湯沸かし器による一酸化炭素中毒死が話題になりました。その時主に非難されたのは企業や経済産業省でしたが、千葉大学大学院教授の岩瀬博太郎氏とノンフィクション作家の柳原三佳氏の共著である「焼かれる前に語れ」によると、問題の本質は死因の救命を怠ったことにあるようです。この事件は、1988年に29歳の男性Sさんがアパートの浴槽で変死体となって発見されたことにさかのぼります。警察は「酒によって入浴中に急性心不全を起こして溺死した」と断定します。生前Sさんから湯沸かし器の不具合を聞かされていた両親は、警察に一酸化炭素中毒ではないかと訴え、司法解剖を求めましたが聞き入れられません。湯沸かし器の不具合はアパートの所有者にも報告されず、その後同じ部屋に入居した男女二人が5ヶ月後に一酸化炭素中毒で死亡します。このときもSさんの両親は再捜査を求めましたが、無駄でした。一酸化炭素中毒は死体に鮮紅色の死斑が出るのが特徴と教科書に書いてありますが、見ただけでわからないことが少なくありません。Sさんの死因を究明すべく血液検査をしていれば、少なくとも二人目以降の被害者は出さずに済んだわけです。

 日本では1年間に100万人以上が死亡し、うち約15万人は自宅や路上で変死と呼ばれる最期を遂げます。変死体に犯罪性がある時は司法解剖になり、ない場合は開業医や勤務医が死体検案書を作成するのですが、一見して死因がわかることはむしろまれで、よくわからないことの方が圧倒的に多いのです。だから、病死か事故死か殺人かという判断も簡単にはできません。判断できないと警察も困ります。そこでよく使われるのが「急性心不全」という病名であり、昨年話題になった相撲部屋でのしごきで死亡した力士も当初はこの病名が使われていました。

 わが国には解剖を忌み嫌う歴史がありますが、実際日本は先進国の中で変死体の解剖が行われることが異常に少なく、2006年で9.4%に過ぎません。警察庁の予算も貧弱で、平成15年は3億数千万円というレベルです。ペットの葬儀ビジネスが150億円市場であることと比較するとわかりやすいでしょう。長生きや健康には際限なくお金をつぎ込む一方で、死因の究明にこれほど消極的な事実をどう考えたらよいのでしょう。岩瀬氏たちの努力でようやく改善の兆しが見られ、予算も増え、千葉大では変死体にCT検査を行うようにもなりました。変死体が100%解剖されるウィーンでのデータをわが国に当てはめると、犯罪による死亡が年間1500人以上も病死としてかたづけられているのです。これこそ死者への冒とくではないでしょうか。私もそしてみなさんも変死する可能性は10%以上あるのです。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第589号 平成20年1月15日 掲載

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