インフルエンザワクチンにまつわる混乱は、日本のワクチン行政の縮図です。数年前から我が国は「麻疹(はしか)の輸出大国」というありがたくないレッテルを貼られています。2001年に麻疹にかかった人が、米国の116人に対して、27万8千人という驚きの数字があります。韓国では2006年に根絶宣言がなされていることからもわかるように、インフルエンザと違って、麻疹はワクチンが非常に有効で、制圧可能な病気です。麻疹ワクチンは、1978年から定期接種になり、1988年から93年までは風疹とおたふく風邪の3種類の混合ワクチンとして接種していました。ところが副作用で無菌性髄膜炎が問題になり、任意接種に切り替えたのです。その結果、発病者が増え、死亡する子供が毎年数十人出たのです。どのような医療行為にも長所と短所があり、それを比較することが大事なのですが、副作用被害があると行政は萎縮してしまいます。言葉は悪いですが、「副作用で死なれるくらいなら、病気で死なれた方がマシ」ということなのです。2006年から副作用が出やすいおたふく風邪のワクチンを除いた麻疹・風疹混合ワクチンが定期接種になりましたが、これは諸外国からの圧力によるものです。でもこれは我々1人1人にも責任のあることです。権利は最大限主張するけれども、義務は極力果たさず、好ましくない結果はすべて他者の責任にする風潮が蔓延していないでしょうか。
日本のワクチン行政は欧米に20年遅れていると言われています。子供に髄膜炎を起こし毎年数十人が死亡するインフルエンザ菌(インフルエンザウイルスとは全く別物です)のワクチンは昨年ようやく使えるようになりましたが、米国では1987年から定期接種されています。百日咳が最近若者に発病することが話題になっていますが、このワクチンは3種混合ワクチンに含まれています。青少年時期に追加接種する方がよいのですが、日本にはありません。我が国のポリオ (小児麻痺)ワクチンは、米国のものより副作用が懸念されています。
費用の問題もあります。インフルエンザ菌のワクチンは約3万円が必要です。子育て支援が話題になっていますが、いったん集めた税金をばらまくよりは、予防接種を全て無料化する方が効率のよい使い方ではないでしょうか。
参考図書
岩田健太郎著 『麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか』 亜紀書房, 2009年
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第631号 平成21年10月15日 掲載
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