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院長コラム

Vol.51 「医師・看護師の六割が病院内暴力を経験」が意味するもの

 奈良県医師会が医療関係者1万7千人を対象にしたアンケートで、医師と看護師の60%が患者からの暴力や暴言による被害を受けていたという新聞報道が8月初めにありました。一般の方はこの数字に驚くかも知れませんが、医療側としては妥当な印象です。実際に70以上の大学病院が、警察官OBを採用している事実からも問題の深刻さが想像できます。

 患者の中にはどうしようもない不届き者がいます。もし1%いたなら、地域中核病院では、毎日10人以上のモンスターを相手にしなければなりません。その対応には通常の何十倍の時間と労力が必要で、病院はマヒしてしまいます。実際にはずっと少ないのですが、このような患者を見たことのない医療者はいないはずです。

 しかし問題の本質は、普通の患者の取る態度が変化したことです。特に悪気のない「普通の人」が暴力的になっているのです。そして、暴力をふるった当人にはその意識はなく、むしろ自分が取った態度は医療をよくするために有益だとさえ思っています。医療も教育も市場原理に委ねれば質が向上するという21世紀初めから吹き荒れたグローバリズムの影響で、「患者は最低の代価で最高の医療サービスを要求する義務があり、それに応じられない医療機関は市場から退場すべし」という考え方を患者は是とし、一部の医療機関も受け入れてしまいました(患者様と呼びましょう運動が好例)。その結果、医療者は過度に防衛的に振る舞い、両者の間の溝は広がる一方です。医師や看護師の不足、高齢者や医療費の増加などが、医療崩壊の原因と言われていますが、実はこのような一人一人の気持ちの荒廃が問題の中心なのです。

 この流れを作った最大の勢力はメディアです。彼らは、患者の権利を無条件に擁護する一方で、医療事故の全ては医療側に責任があるとして、医師や看護師個人を徹底的に糾弾しました。礼賛するのは一握りのいわゆるスーパードクターだけです。さすがに医療バッシングの勢いは一時期よりも衰えましたが、メディア自身に医療崩壊の責任があったという反省の言葉は耳にしません。

 小泉改革が如何に医療を荒廃させたか、それに多くのメディアが加担したか、そして我々がそれを節操なく応援したか、自戒を込めてもう一度考えなければなりません。医療者と患者に一番必要なものは「とりあえずは信頼してみよう」という気持ちなのです。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第653号 平成22年9月15日(水) 掲載

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