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院長コラム

Vol.54 外科医の90%が訴えられる社会の歪み

 米国医師会が行った医療訴訟の実態に関する調査結果が今年8月に発表されました。これによると、1年間で20人に1人の医師が訴えられ、55歳以上では61%が訴訟を経験しています。その頻度は診療科による差が大きく、精神科22.2%に対して外科や産婦人科は69.2%で、産婦人科医は40歳までに2人に1人が、55歳以上の外科医は90%が訴えられています。男性は女性より2倍近く訴えられる傾向がありますが、これは男性が年長で訴訟になりやすい診療科に多いことだけでなく、患者を敵にしやすい傾向があるようです。

 さて、このように医療訴訟が日常化している米国では、医療がどのように歪められるのでしょうか。

 第一に「防衛医療」という名の医療−医療訴訟を避ける、あるいは訴訟になっても負けないようにすることを優先させて医療行為を行うことと、訴訟になりやすいようなリスクの高い患者は診ないようにすること−が行われるようになります。今回の調査では2/3の医師がリスクの高い医療は避けると答えています。また、このような医療は医療費も増大させます。

 第二に医師と患者の関係が悪化します。この調査でも、82%もの医師がどの患者も訴訟リスクに見えると答えています。

 第三に訴訟には多くのお金がかかります。医療過誤保険会社のデータによると、訴訟1件当たりの弁護費用は4万ドルになります。高額な弁護費用に備えるために医師は医療過誤保険に入りますが、その保険料も高額で、日本の医師に比べて100倍以上の保険料を払うことは珍しくありません。このような保険料の上昇は医療費にも反映されます。

 第四に訴訟の結果が過誤の有無と一致しないという矛盾があります。過失がなかったと思われる事例の19%で賠償金が支払われたの対して、明瞭な過失があったにも関わらず支払われなかった事例が16%もあるという別の調査結果もあります。その一方で、過誤の被害者に賠償金が100ドル支払われる度に、弁護士事務所に54ドルが支払われたことになるとも述べられており、医療過誤による訴訟が増えて喜ぶのは弁護士だけという状況なのです。

 これは対岸の火事ではなく、我が国も確実に同じ道を歩んでいると現場で働くものの多くは感じています。

(本稿は医学書院の週刊医学界新聞2010年10月11日号の李啓充氏の論文を参考にしました。)

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第659号 平成22年12月15日(水) 掲載

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