TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の本質は、「人・物・金・サービスの行き来を自由にする」ということです。環太平洋といいながら、経済規模で日米が90%を占めることになるこの協定では、医療・保険・司法などの分野でも深刻な影響が予想されます。農業生産額の4倍以上である日本の医療費36兆円に、米国が興味がないとは到底思えません。
TPPでは不利と考えた韓国が米国と結ぼうとしているFTA(自由貿易協定)では、 自社製品が安すぎると米国の製薬会社が判断したら、薬価の見直しを請求できます。米国の薬の値段は世界一です。当然、医療費は上がります。 また、韓国内の農協・漁協の共済や郵便局の保険サービスは3年以内に解体されるので、米国資本の保険会社が参入しやすくなります。この2つはTPPでも適用されるはずです。
次に米国が狙うのは「混合診療の解禁」です。付加的な医療をカバーする様々な商品を民間の保険会社が売り出すでしょうが、これは外資系保険会社の最も得意とするサービスです。最悪のシナリオは、 医療費削減を目指す日本政府がそれに合わせて、公的保険でカバーする医療内容を後退させることです。そうなると、米国のように富める者と貧しい者が受ける医療は全く別物になってしまいます。
政府は「TPPでは医療問題は交渉の対象になっていない」と言っていますが、米国政府がTPP交渉で獲得する目標を列挙した資料には、「公的医療保険制度の運用について透明性と公平な手続きの尊重を求める」と明記されていることを10月26日付けの日本農業新聞は指摘しています。
日本国内で米国企業が訴訟を有利に進める上で必要なのが司法分野の協定です。例えば、危険な産廃処理場を規制したメキシコ政府は、NAFTA(北米自由貿易協定)違反で1670万ドルの賠償金を米国企業に支払っています。また、ガソリンに神経毒性物質を添加することを禁じたカナダの法律が差別的と訴訟を起こした米国の石油企業は3億5千万ドルを手にしています。つまり国内法よりも協定が優先する仕組みになっているのです。裁判を進める上で日本語という高い壁があると思うのは大間違いで、総務省では日本の法律を英語に翻訳する作業が進んでおり、英語で裁判が進められる可能性も十分にあるのです。このような重要な問題を「貿易か農業か」という単純な対立で決着させるのは、あまりに愚かなことです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第681号 平成23年11月15日(火) 掲載
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