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院長コラム

Vol.70 医療訴訟における患者側の主張の変化

 2月に行われた日本消化管学会総会で広島大学保健管理センターの日山亨氏から、「消化器診療が関係した民事訴訟事例における患者側の主張−1990年代と2000年代を比較してー」という発表がありました。患者側の主張を、@診断の遅れ、A診断手技での偶発症、B不適切な治療、C治療手技での偶発症、D不十分なインフォームド・コンセントの5つに分類したところ、1990年代に比べて2000年代に明らかに増えたのはBの「不適切な治療」でした(4%→23%)。その理由として、医療の進歩により治療の選択肢が増加したことと医療情報が手に入れやすくなったことを挙げています。中でもインターネットの普及により、一般人でも診療ガイドラインや薬剤の添付文書などの医療情報を入手しやすくなり、自分が受けた治療以外にどのようなものがあるのかを知ることができるようになった事が大きいと指摘しています。今後ともこの傾向は強まるので、医師側はガイドラインを遵守するなど適切な医療を行うとともに、患者とのコミュニケーションをとり、患者側が納得・満足する医療を提供する必要があると結論しています。

 この結論には、問題が2つあると思います。一つは、期待していた治療結果が得られなかった場合は、患者側が納得・満足しにくいということ、もう一つは、「診療ガイドラインの遵守」にこだわると、患者・医師関係が悪化しやすいことです。

 医療現場では最善を尽くしても、よい結果が出せないことはしばしばあります。患者側が望む結果が非現実的であることは少なくありません。「結果が全て」という考え方に立つと、納得・満足する医療を常に提供することは不可能です。

 更に厄介なものが「診療ガイドラインの遵守」です。良質のガイドラインは必要ですが、私達が相対しているのは病気を持った個別の人間で、その背景は千差万別です。その患者さんにどのような治療を行うかを、臨床の現場で我々は悩んでいるのです。それはガイドラインを見て画一的に治療を行うよりはるかに難しいことなのです。ガイドラインは医療の質を保つ働きはありますが、その遵守が強調されると、医者の注意は、患者よりガイドラインに向いてしまいがちになります。これは法令遵守が叫ばれるほど、企業も個人もモラルが低下するのと似ています。

 時代が変わっても、人が人に対して行う行為に重要なのは信頼関係なのです。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第689号 平成24年3月15日(木) 掲載

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