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院長コラム

Vol.74 盲腸からホームレスになる人がいる国のお話

 盲腸(急性虫垂炎)の治療は、日本では一週間弱の入院で医療費は10万円余りかかるので、3割負担の場合は窓口で3万円くらい支払います。先進国でただひとつ国民皆保険制度のない米国ではどうなるのでしょう。盲腸で入院した約1万9千人の患者の医療費を調べた研究では、中央値(金額順に並べたときの真ん中の人の値)が約270万円でした。更に驚くの、最低は12万円から最高は1460万円というばらつきの巨大さです。7人に1人と言われる無保険者はもちろん、民間保険に入っている人でも、このような高額の医療費を支払える人がいるのでしょうか。

 医療費を支払う際に困難を経験した19〜64歳の米国民は、2010年の調査では7300万人に及び、この年齢層の50%を占め、5年前より25%も増えています。支払いに困る人が増えると取り立て屋が出現します。同じ調査では3000万人もの人が取り立て会社から督促を受けたことも分かりました。病院職員を装って救急外来や分娩室の受付で、「診て欲しかったら今までの借金を返せ」と迫ることさえあるのです。米国では、救急患者と分娩患者は支払い能力の有無にかかわらず診療する義務があるので、さすがに検事局の捜査を受けましたが、その企業の収益は急成長中です。

 米国では「クレジットスコア」という個人の信用度が広く普及しています。これは、クレジットカード・消費者ローン・住宅ローン・公共料金・家賃などの使用と支払い歴について、民間企業が情報を収集し、個人の信用度を点数化するものです。点数が高いと、クレジットカードやローンの利率は低く、預金金利は高く設定されます。一方、点数が低いと、その逆になるだけではなく、就職や賃貸契約の際にも不利になります。

 医療費が払えないとスコアは低下し、住宅ローンの利率が上昇し、返済できなくなると家を失うことになります。盲腸のような、生活習慣病でもない、ありふれた病気になるだけで、ホームレスになってしまうことがあるのが米国社会なのです。このようにして、中間層は崩壊し、ごく一部の富裕層と多くの貧困層に二極化した国の真似を続けているのが我が国の政府です。日本でもクレジットスコアが導入される日が近いのではないでしょうか。

(医学書院の週刊医学界新聞2012年6月4日号と18日号の李啓充先生のコラムを参考にしました。)

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第697号 平成24年7月15日(日) 掲載

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