平成23年度の医療費は、前年度より1兆円余り増えて37兆8千億円になりました。患者数がわずかながら減少しているにも関わらず増えたのは、高齢者の増加と医療の高度化が原因であると厚労省は分析しています。相対的にも絶対的にも増加する高齢者の医療費が増えるのは当然です。一方メディアは、70歳未満の一人当たりの年間医療費が約18万円であるのに対して、70歳以上は約80万円であることを強調し、医療費高騰は高齢化によるものだと主張していますが、この通説は正しいのでしょうか。
我が国の医療費は国内総生産の8%と先進国中最低で、そもそも医療費が高騰しているというのは誤りです。また、今回発表されたデータでは、1人当たりの医療費の伸び率は、70歳未満が2.6%であるのに対して、70歳以上は1.6%です。この傾向は数年続いており、少なくとも1人当たりの医療費が高齢者ほど伸び続けているというのも誤りです。高齢者ほど医療費がかかる理由は、死ぬ頻度が高いからです。医療費が一番かかるのは、老衰が死因のトップである100歳以上の高齢者を除くと、年齢に関わらず死ぬ直前に受ける急性期治療なのです。
「改革」のための医療経済学(兪炳匡著)には、欧米と日本の調査研究から、以下のような意外な事実が報告されています。@高齢者の全人口に対する割合が増加しても、総医療費上昇に影響はほとんどない。A65歳以上の成人では、死亡年齢が70歳でも90歳でも、死ぬまでにかかる一人当たりの急性期の総医療費はほとんど変わらない。B健康状態によって高齢者の寿命は変わるが、死亡するまでの総医療費はほとんど変わらない。C死亡時期を予想して、死にそうな人には医療を制限して医療費を節約することはできない。以上のことから、年齢構成が医療費に与える影響はほとんどなく、 健康維持政策も尊厳死の法制化も医療費削減には役立たないと言えます。
医療費を削減する方法は二つしかありません。一つは医療の質を落とすことですが、これは医療の進歩を断念することにつながるので無理でしょう。もう一つは、医療を受けられる人を制限することですが、平等に不自由を受け入れることにはならないでしょう。となると何らかの基準が必要になりますが、年齢や収入で選別すると、行き着くところはファシズムです。要するに医療をコスト面だけから論じることは意味がないのです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第703号 平成24年10月15日(月) 掲載
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