前回は医療費と人口の高齢化の関係をお話ししましたが、今回は医療費と医療の高度化について考えてみましょう。
「新潮45」11月号に医師であり作家でもある里見清一氏が興味深いことを書いておられました。全身に転移して治癒が望めない大腸癌に、延命効果を期待して抗癌剤治療を行うことがあります。1990年代半ばまでは有効な薬は5-FUというものしかなく、使わないと平均8ヶ月の命が1年になるという程度の効果でした。これが現在では複数の薬剤を組み合わせることで2年にまで伸びました。10年で延命効果が2倍になったので、医学の進歩と言ってよいでしょう。その治療に要するコストは340倍になったそうです。
このように新しい技術は相応のコストを生み出します。通常の商品は環境と予算で選択されますが、医療に関しては誰もが最新のものを望みます。狭い部屋に巨大なテレビを置く人はなく、お金がなければ持たないことも有力です。通常のビジネスの世界で、効果が2倍だけど費用は340倍という商品は認められるでしょうか。これが医療サービスとの決定的な差なのです。
最近米国で認可された前立腺癌のワクチン治療は、22ヶ月の余命を26ヶ月に延長しますが、そのためにかかるコストは9万3千ドル(700万円以上)だそうです。このような治療は、米国では金持ちしか受けられません。日本は皆保険制度に加えて、高額医療費の補助や生活保護もあります。我が国でこのような高額医療が行われると、広く行き渡るので、医療費だけでなく国家財政を圧迫することも考えられます。
金儲けのために高額医療をする医者は普通はいません。というか、コストを意識していない医者が多いと言ったほうがよいでしょう。医療を受ける側も、皆保険制度のありがたみはもちろんのこと、今受けている医療のコストも考えたことがない人が大部分ではないでしょうか。そのくせ、医療費暴騰と言われると、責任探しに翻弄されます。
先頃ノーベル賞を受賞した山中先生のiPS細胞が医療の現場に福音をもたらすかどうかはわかりませんが、もしそうなったときには確実に医療費は上昇するでしょう。でも、それを止めることは誰にもできないし、すべきでもないのです。できることは、 医療のコストを意識しながら、現行の保険制度を守るためにはどのように振る舞うべきかを、一人一人が考えることしかありません。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第705号 平成24年11月15日(木) 掲載
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