癌になった時、特に治る確率が低い時には、どんな治療でも受けたくなるのは人情です。怪しげなものは論外ですが、科学的に有効と認められている治療でも保険診療で行うためには、費用対効果を考えなければなりません。
公的保険制度が不十分な米国は、薬の費用対効果を考慮しない唯一の国と言われています。ニューズウィーク日本語版の昨年11月28日号では、もはや治らない癌に対する抗癌剤の延命効果とそれに要する費用が紹介されており、円に換算すると、[ 乳癌・6ヶ月・1700万円]、[肺癌・2ヶ月・55〜90万円]、[大腸癌・5ヶ月・450万円]、[前立腺癌・4ヶ月・860万円]、[悪性黒色腫・3.6ヶ月・1100万円]、[膵臓癌・2週間・140万円] となります。
末期の乳癌患者一人の6ヶ月の延命のために1700万円必要という数字を我が国に当てはめるとどうなるでしょう。毎年1万2千人以上が乳癌で死にます。その半数に使ったとしても、1000億円以上になります。癌治療薬の市場は1兆円弱と言われています。一つの薬だけでこれだけ増えると、他の治療薬を合わせると医療費への影響は甚大で、公的保険制度が破綻する可能性もあります。
民間の保険会社にとってこれは大きなビジネスチャンスです。「公的保険制度でカバーされない高度先進医療は、民間保険にお任せください」というわけです。特に外資系は米国での実績があるので、それに参入するために日本がTPPへ参加すること要求しているとも言えます。このような保険会社の意図は、国民が望む医療を提供しつつ、公的保険を守り、なおかつ医療費の公費負担を下げたい人たちと、見事に一致します。 これが混合診療解禁の本質です。 保険会社がカバーする医療は、保険会社自身が決めるので、総医療費が飛躍的に増大することは、米国を見れば明らかです。
混合診療を認めずに、公的保険制度を維持させようと思うなら、費用対効果をシビアに検討しなければなりません。命に優先順位をつけられることを受け入れる覚悟が不可欠なのです。厳しい選択かもしれませんが、最終的にはすべての命が消えゆく運命にあります。 「いつでもどこでも誰もが最善の医療を」と要求するのではなく、公的保険で苦痛の少ない終末期を過ごせる社会で、「楽しい人生だったからもう十分です」と言える最期を迎えたいと私は思います。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第713号 平成25年3月15日(金) 掲載
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