日本人間ドック学会から2012年に人間ドックを受けた316万人のうち、全項目に異常がなかった人は過去最低の7.2%だったという発表がありました。一般に、検査の基準値(いわゆる正常値)は健常人の95%が含まれる範囲をさすので、8項目全てが基準値内に収まるのは健常人でも0.95の8乗、つまり66%になります。32項目では約20%になってしまいます。全てに異常がない人を学会では「スーパーノーマル」と呼んでいることからわかるように、正常を超えた人間ということなので、少しくらい異常値があっても健康と言えることは多そうです。
人間ドックが始まって60年になりますが、学会が統計を取り始めた1984年には全項目異常なしは29.8%でした。この間に平均寿命は男女とも5歳くらい伸びているので、日本人は健康になったと言えます。健康になったのに異常値が増加したというのは、一見矛盾する現象です。
高血圧の基準は、1984年では収縮期(上の)血圧は160より高いものでしたが、現在では140以上とかなり厳しくなっています。昔は高血圧でなかった人が今では高血圧ということになります。そもそも高血圧自体が病気というよりも、血圧が高いと心筋梗塞や脳卒中になりやすいので、高血圧という病名を作ったと言うべきでしょう。糖尿病や高コレステロール血症も似たようなものです。血圧も血糖値もコレステロール値も正常と異常がはっきりと別れるものではないので、連続している数値に人為的に境界線を引く作業が必要なのです。
糖尿病は健診を受ける意義がありそうですが、昨年ランセットという雑誌に発表された論文のように、2型糖尿病(よくあるタイプの糖尿病)のリスクが高い人が糖尿病検診を受けても、検診を受けない人に比べて死亡率は少し高くなるという驚くべき結果もあります。診断が適切か、治療を受けるべきか、どのような治療が適切か、などなど医療の世界は不確実なことがあまりに多いのです。
どんな健診も目的を明確にし結果を活用しなければ意味はありません。そのためには皆さん自身が賢くなる必要があります。賢くなるにつれてどうしていいかが簡単に決められないことがわかるはずです。医者も正しい答えを知らないことが少なくありません。「難しい問題ですね。よくわかりませんが…」と自信なさそうに言う医者は患者さんから信頼されにくいですが、実は誠実なのかもしれません。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第725号 平成25年9月15日(日) 掲載
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