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院長コラム

Vol.104 治療薬のおかげで患者が増える?

 アルツハイマー病という言葉は頻繁に耳にするようになりましたが、認知症と同義ではなく、一つの病型です。厳密な診断には病理解剖が必要ですが、実際には症状や検査結果から診断されます。厚生労働省の推計では、認知症患者は200万人を超えましたが、診断された患者は平成20年で38万人です。統計上、認知症はアルツハイマー病と血管性及び詳細不明の認知症の2つに分類されており、前者が24万人で、後者が14万人です。

 ところが、その推移を見ると不思議なことに気が付きます。平成8年には認知症全体が11万人で約3.5倍に増えていますが、内訳を見ると、アルツハイマー病以外は1.2倍である一方、アルツハイマー病は8.3倍にもなっています。厚生労働省も学会も製薬会社も、認知症の早期発見・早期治療の必要性を訴えており、認知症の人が増えたのは、その成果かもしれません。しかし、アルツハイマー病だけが突出して増えている理由は示されていません。

 アルツハイマー病が増加し始めた平成11年に、日本の製薬会社から世界初の認知症治療薬が発売されました。今でもよく使われているドネペジル(商品名アリセプト)という薬で、平成23年には売上高が1442億円を記録し、第1位となりました。この薬が使えるのは認知症の中のアルツハイマー病だけです。アリセプトを使うためにアルツハイマー病と診断された人が、かなりいるというのは言いがかりでしょうか。胃癌の診断と違って生きている人の脳組織をとって顕微鏡検査をすることは不可能です。アルツハイマー病以外の認知症には有効な薬がないので、アルツハイマー病と診断したほうがいいのではないかという意識が働くのは当然です。

 アリセプトの効果は統計学的には、「少しはいいかも」程度です。副作用はそれなりにあります。もちろん、この薬によって少しよくなった人はいるでしょうが、割合で言えば変わらなかった人が一番多いはずです。薬がなければ認知症の患者数はこれほど増えず、アリセプトが認知症患者すべてに使える薬であったなら、アルツハイマー病だけが増えることはなかったことは間違いありません。個々の医療を評価する際に必要なのは、その光と影を比較して冷静に検証することです。

 現在では年間の売上高が1000億円を切ったため、この製薬会社は特命係を作ったそうです。患者を増やすためには、さらに早期発見を促す必要があります。「あなたもアルツハイマー病?」と不安を煽るようなコマーシャルを目にする日も近いかもしれません。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第737号 平成26年3月15日(土) 掲載

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