トーハンによる昨年のベストセラー1位は、慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠先生による「医者に殺されない47の心得」でした。医療関係の本が、流行作家の作品を凌ぐ売れ行きを示したのは前代未聞です。目次には次のような項目が並んでいます。「医者によく行く人ほど、早死する」、「血糖値は薬で下げても無意味で、副作用がひどい」、「がんの9割は、治療をするほど命を縮める。放置がいちばん」、「がん検診はやるほど死者を増やす」、「大病院にとってあなたは患者ではなくて被験者」、何とも過激ですね。近藤先生にはかつて何度も患者さんを紹介したので、個人的にも存じ上げています。当初は異端視されていた乳癌に対する乳房温存手術が普及したのは彼の大きな功績です。著作も多く、平成24年には第60回の菊池寛賞を受賞しています。
しかし医者の間での評判は芳しくなく、彼の著書は「医療否定本」と言われ、感情的な批判も数多く見受けられます。私の連載も現代医療の問題点を指摘している点では近藤先生の主張と似ており、ベストセラー本の内容も7割くらいは同意します。ただ、私が決定的に受け入れられないのは、彼の主張があまりに極端である点です。大部分の医療を頭から否定する姿勢は、わかりやすい一方で誤解を与えやすいのです。彼と彼を批判する側に共通するのは、問題を単純化して白か黒かを問う姿勢です。
私が皆さんに伝えたいのは「医療の不確実さ」です。多くの患者さんは、唯一の正解を求めますが、我々が日ごろ対峙している問題は、正解が一つでない場合がほとんどで、正解がないことも珍しくありません。医療に対して単純明快な答えを求める人は、彼の意見に目から鱗が落ちるでしょうが、適切であるか否かは個別に検討するしかないのです。
「がん検診は一般に思われているほど有効ではないが、少しは役に立つかもしれない。今の自分は受ける気がない。」というのが私の考えです。血糖値や血圧を気にする必要性は、人によって大きく異なります。放置したほうがいい癌も、しっかり手術をした方がいい癌もあり、決断を迷う場合も少なくありません。抗癌剤は全く効かないことは少なくありませんが、それなりに効くこともあります。私の話を聞いた人は迷い、近藤先生の話を聞いた人は迷わない。それは幸せなことかもしれませんが、真実は両極端にはない事が多いのです。その間で揺れ動きながら、道を探すしかないのです。そして、振り返ってみると反省すべきことが必ずあります。でもそんな方法でしか医療に関する問題解決の道は開けないと私は信じています。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第739号 平成26年4月15日(火) 掲載
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