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院長コラム

Vol.116 糞のような本当の話

 我々の大腸には千種類以上の細菌が百兆個以上も生息しており、その重さは1キロ以上になります。この数は人間の身体を作っている細胞数(30〜40兆個)をはるかに上回り、重量は肝臓や脳に匹敵します。近年、腸内細菌と多くの病気との関連が注目されています。今回はある種の腸炎を例にとって腸内細菌の重要性についてお話します。

 肺炎は日本人の死因の第3位で、特に高齢者は誤嚥性肺炎になりやすく、入院して抗菌薬の点滴を受ける頻度が高くなります。投与された抗菌薬は肺だけでなく全身に作用し、腸内細菌も殺してしまうので、そのバランスが大きく崩れます。その結果、クロストリジウム・ディフィシル(CD)という細菌が異常に増殖して腸炎(CD関連腸炎)を起こすことがあり、ひどい下痢から命が危うくなることもあります。治療は、CDを殺す抗菌薬を内服するのが一般的ですが、再発することも珍しくありません。

 この治療に海外では数年前から正常の腸内細菌を移植する治療が提唱されています。具体的には、健康な配偶者や親族の便を薄い食塩水と混ぜて、鼻から十二指腸に入れた管や肛門から入れた内視鏡を通して注入するのです。要するに他人の便を腸に移植する治療です。権威ある医学雑誌に掲載された報告では、再発性のCD関連腸炎の治療効果は、抗菌薬治療が約30%であったのに対して、便移植は90%でした。わが国では標準的な治療と認められていませんが、ようやく治験が行われるようになりました。他人の便を自分の体に入れることには抵抗があるでしょうが、安価で有効な治療法です。便を介して病気が移る危険性はありますが、内服できるような製品開発もさほど困難とは思えません。そうなると精神的な抵抗も軽減するでしょう。

 この治療は、CD関連腸炎だけでなく、潰瘍性大腸炎やクローン病や過敏性腸症候群に対する有効性も注目されており、治験が行われています。また、一方が痩せていてもう一方が太っている双子の人間の便を、無菌状態にしたマウスの腸に移植すると、同じ餌を食べていても、肥満の人の便を移植されたマウスのほうが体重が増加し脂肪が増えたことから、肥満との関連もありそうと言えます。さらに精神疾患やアレルギーのと関連も取り沙汰されています。まさに恐るべし腸内細菌です。このような役割を果たしている腸内細菌を破壊する抗菌薬を、安易に使用することがいかに愚かであるかわかるでしょう。カゼで抗菌薬の処方することが有害であることの一つの根拠でもあります。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第761号 平成27年3月15日(日) 掲載

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