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院長コラム

Vol.120 40年ぶりのN先生との邂逅(かいこう)

 新緑の五月、高校卒業以来40年ぶりにN先生と再会しました。きっかけは母校のサッカー部の元監督から、N先生が私のことを懐かしがっておられたと聞いたことでした。私を覚えておられたことに半信半疑で、正月にお手紙を差しあげたところ、トントン拍子に話が進み、仙台で行われる会議後に私の働く病院を見たいと、京都からはるばる新庄までお越しになりました。

 N先生は化学の担当でしたが、授業内容は全く覚えていません。担任でもなかったので、言葉をかわす機会も少なく、覚えているのは女優の八千草薫さんに似た美貌と、一度だけ理科準備室で話をしたことだけです。なぜそうなったかも覚えていないのですが、「何でも必死で努力する必要はないのよ、楽をしてできることはそれでいいのよ。」と言われたことがその後もずっと心に残っていました。完全な体育会系で、ろくに勉強もせず、教師に対しては不遜な態度を取ることが多かった私に、そんなに肩肘張らずにもう少し力を抜いて生きてごらんと仰りたかったのかなと思いました。力を抜こうと逆に力んでしまう私は、その後の人生で、力を抜くことの難しさを思い知ることになります。還暦が見える歳になって、ようやく私にも先生の言葉が理解できるようになりましたが、実践は道半ばです。

 昨年5月のOECD閣僚理事会で安倍首相は「大学では学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な職業教育を行う。」と述べています。要するに、経済面で役に立つ人材を手っ取り早く養成するということです。しかし、私の例からも分かるように、教育の成果を評価するのは何十年という長さが必要です。数年後の経済に貢献できるか否かで教育効果を判断するのは愚かなことです。「銀の匙」の授業で有名な橋本武氏は、「すぐに役立つものはすぐに役に立たなくなる」という至言を残しています。さらに教育の面白いところは、教師が教えた以上のことを生徒が受け取ることがあるということです。N先生は、私が40年間も先生の言葉を大事に持ち続けるとは予想しておられなかったはずです。

 80歳を過ぎてもN先生は頭脳明晰で、容姿だけでなく居住まいも歩く姿も凛として美しく、「お茶でも飲まない」と言われて、荷物の中から茶道具を取り出し、抹茶を立てて下さいました。いつも持ち歩いておられるそうです。その他にも感心することばかりでした。翌日には会津城の茶室を見にゆく先生と緑深い斎藤茂吉記念館でお別れしたとき、恩師と呼ぶのに40年もかかった我が身を深く恥じ入りました。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第769号 平成27年7月15日(水) 掲載

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