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院長コラム

Vol.123 5年生存率が高いと死亡率は低いか?

 「米国では前立腺癌を生き延びる確率は88%ですが、社会主義的医療の英国ではたったの44%です。」これは2007年に元ニューヨーク市長のジュリアーニ氏が出した大統領選挙の運動広告です。これを読むと、英米間で医療レベルに大きな差があるように思えますし、彼もそう信じていました。この数字は正しいのですが、生存確率には差がありませんでした。5年生存率(診断から5年後に生きている確率)は、死亡率を反映しないのです。米国は前立腺癌を早期に発見するために前立腺特異抗原(PSA)の測定を行っています。そのため早期に前立腺癌と診断される人の割合が高く、そのためこのような現象が起こるのです。その理由は2つあります。

 一つは、早期に診断されるので死亡までの期間が長くなります。例えば、70歳で前立腺癌で死ぬ人がいるとします。検診を受けないで67歳で症状が出てから癌の診断を受けると、5年生存者にはなりません。ところが、同じ人が60歳で検診を受けて、10年後に死ぬと5年生存者に含まれます。検診を受けることによってこの人は5年生存率を上げることに貢献しますが、死ぬことには変わりがありません。

 もう一つは、検診よって生命に影響のない前立腺癌が多く発見されるため、5年生存者が増えてしまうのです。もともと前立腺癌は死亡率の低い癌です。欧米では頻度も高く、60代では40%、80代では80%が罹患していると考えられています。つまり、癌で死ぬ人より癌を持ったまま死ぬ人が多いのです。このようにおとなしい癌を検診でたくさん見つけると5年生存率はどんどん向上します。しかし、前立腺癌で死ぬ人が減ったわけではありません。

 これは前立腺癌に限ったことではなく、同様のことが大腸癌でも話題になりました。5年生存率が役に立つのは、同じような2つの群で異なる治療法を試した場合です。米国の一流病院が、全国の前立腺癌の死亡率が変わっていないにもかかわらず、自施設の5年生存率が30年間で2倍以上に上昇していると宣伝したことは有名です。他にも意図的に都合の良い数字を並べることで、検診率の向上や、特定の治療への誘導に利用されることが少なくありません。一般人を騙すことは、赤子の手をひねるようなものですが、実は私を含めて世界中の医者も、このような数字ごまかされやすいのです。統計学は、義務教育はもちろんのこと、医学部の教育でもあまり力を入れていませんでした。賢い患者になることは容易なことではありませんが、せめて医者や行政の担当者はしっかりしないとけませんね。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第775号 平成27年10月15日(木) 掲載

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