有名人が乳癌になると、外来や検診を受ける人が増えます。検診では視診と触診とマンモグラフィー検査(MMG)が一般的ですが、外来では状況によって超音波検査が追加されます。自覚症状のない人がMMGを受けると、どれくらいの割合で精密検査が必要と言われ、その中に実際の乳癌は何人くらいいるのでしょうか。
欧米では中年以降の女性の1%が乳癌に罹っていると考えられます。乳癌の人では90%が、乳癌でない人も9%が、MMGで異常あり(陽性)と判定されます。この確率を1000人に当てはめると、乳癌は10人、そのうち9人にはMMGで陽性と判定されますが、1人は陰性なので見逃されてしまいます。乳癌でない990人のうち、901人は陰性、89人は陽性と判定されます。したがって1000人うちでMMGが陽性なのは、9+89=98人ですから、精密検査が必要な98人中9人に癌が見つかります(約10%)。日本対がん協会によると、我が国では精密検査が必要とされるのは6.2%と欧米より少し低く、癌が見つかる確率は0.23%とかなり低くなります。MMG陽性の人で、実際に癌が見つかるのは30人に1人くらいでしょう。
若い芸能人が乳癌になると、若い人もMMGをと勧めますが、血縁者に乳癌が多い遺伝背景を持つ人を除くと、自覚症状のない40歳未満の女性がMMGを受けることは推奨されていません。若年者はもともと乳癌になる確率が低いだけでなく、乳腺組織が多いためMMGでは癌を見つけにくく、癌でないのに陽性になる頻度も高くなります。医療被爆による発癌の危険性も無視できず、益が少ない割に、害が多いのです。若年者には超音波検査が向いていますが、これも明確な根拠はありません。
日本では乳癌検診学会が、40歳になったら二年に一度はMMG検診を受けるように勧めていますが、世界的には否定的な研究結果が目立ちます。検診によって見つかる癌は増えますが、乳癌の死亡が減るかが疑問視されています。2009年に米国予防医学専門委員会はそれまでの方針を転換して、40歳代の女性に対してはMMGを用いた定期的な乳癌検診を行うことを推奨しないと勧告しました。また、2014年にはスイスの医療委員会が、「死亡率を低下させない」「治療しなくてもよい乳癌を発見してしまう」という理由で、MMG検診の廃止を勧告しました。反対意見も少なくありませんが、検診の有用性があまり高いものでないことは確かです。乳癌の頻度が欧米より低い我が国での有用性はさらに低く、短期間で死ぬことが少ない病気であることを考えると、少なくとも高齢者には不要でしょう。この検診に公費が助成される時代は長くは続かないと思いますが、理由は次の機会に。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第777号 平成27年11月15日(日) 掲載
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