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院長コラム

Vol.131 肺炎を治療しないという選択

 肺炎の人口あたりの死亡率は、昭和20年代前半から急速に低下しましたが、高齢者の増加に伴って昭和55年頃から再上昇し、一昨年は約12万人が亡くなり、死因の順位では平成23年以降は3位です。寝たきりの高齢者が肺炎で入院すると、抗菌薬の点滴をして酸素吸入をすることが多く、呼吸状態がよくならない時には人工呼吸器をつけることもあります。同じような人が癌になった場合は、苦痛を伴う延命処置はせず、つらい症状を和らげることだけをすることがあります。なぜ癌だけ特別扱いするのでしょうか。癌は慢性で治らないことが多い病気だからでしょうが、肺炎のように急性で治ることがある病気でも治療しないほうがよいこともあります。

 認知症のある高齢者の肺炎に抗菌薬治療をすると、短期的には救命率が上がるが、90日以上生き延びた群で比べると生活の質(QOL)は抗菌薬を使用しなかった群が勝っており、積極的な治療をすればするほどQOLが低下したという研究結果が米国から報告されています。適切な治療でも耐性菌の増加を招き、治療が泥沼化し入退院を繰り返すという蛇の生殺し状態が続くのです。

 ようやく日本呼吸器学会も「成人肺炎診療ガイドライン」の改定でこの問題を取り上げることになるようです。介護を要する高齢者や身障者が肺炎になった時には、終末期あるいは老衰といえる状況では、本人の意思やQOLを優先し、積極的な治療しない選択肢を設ける方向で検討が進んでいます。学会がこのような見解を示すのは今までなかったことで、評価に値します。

 聖路加病院名誉院長の日野原重明先生が師と仰ぐカナダの内科医ウィリアム・オスラー先生は、「肺炎は高齢者の友である。この急性に進行し、苦しむことのない病気によって、苦痛から逃れられる。」と述べています。肺炎で死ぬのは熱が出て呼吸困難になるのでとても苦しいと思うでしょうが、過剰な点滴や酸素吸入をしなければ、早い段階で意識が悪くなるので、見た目は苦しそうでも、本人は苦痛を感じることもなく最期を迎えられます。高齢で寝たきりの自分が肺炎になったら、抗菌薬治療もしないで死なせて欲しいと思います。

 肺炎になると絶食にすることが多いのですが、治癒を目指さず、本人が食べることを望むのであれば食事をするのも可能です。先日も誤嚥性肺炎を繰り返している人が誕生日にうなぎが食べたいと言ったので私は許可しました。美味しいものを食べたいという欲求が満たされることは、長生きすることより大事だという考え方はそれほど間違っていないと思うのです。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日第791号 平成28年6月15日(水) 掲載

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