敗戦処理投手の誇りをもって地域医療を
臨床医でもある里見清一氏の好著『衆愚の病理』に、メジャーリーグでも活躍した小宮山悟投手のエピソードが紹介されています。古巣のロッテに戻り自ら敗戦処理投手(大量リードされている状況で登板する投手)を買って出て優勝にも貢献した彼は、契約更改の際に「敗戦処理は評価が低いのはおかしい」と訴えました。敗戦処理はエースの仕事だということです。
日本の医療では死を敗北と捉えることが普通ですが、私は与しません。里見氏も指摘しているように、人が必ず死ぬということは、医療の多くは敗戦処理とも言えます。必要不可欠だが不人気な仕事こそ自ら進んでやってみようと私は考えます。
敗戦処理投手の出番は、都市よりも地方、急性期病院より慢性期病院で多くなります。私は13年前に当院に赴任するまでの20年間は急性期病院で働いたので、死亡診断書に「老衰」と書いたことはありません。今は高齢者が死を迎えることにかなりの時間を割いているので、小宮山投手の言葉の重みがわかるようになったのかもしれません。
徳洲会グループでも一二を争う医師不足の当院では、事務職員の懸命な努力で法定医師数の70%を何とか維持しています。高齢者の様々な問題に迅速かつ適切に対応することは、我々の最重要課題です。高齢者医療に必要なのは、高度な専門知識や最新の技術より人間らしい思いやりです。幸い当院には心優しい職員がたくさんいます。医師不足を嘆くよりも、現在いる職員が最大の力を発揮できるようにすることが私の使命です。
医療を担う中心選手は、遠からず看護師になる
人口減少と高齢化と医療費抑制に直面する日本社会で、今後飛躍的に需要が増えるのは、高齢者をうまく死なせる医療です。そこで最も活躍するのは、医者ではなく看護師です。看護師が持っている患者や家族への優しさに、医者は全く敵いません。排泄の援助や後始末、入浴や清拭、食事介助などは生きる上で最も重要なことですが、これを看護師や看護助手ほど適切にできる人種はいません。
医者に看護業務をさせるには、多くの手間がかかりますが、実用性は低くコストも割に合いません。一方で看護師が医師業務の一部を行うことはすぐにでも可能で、医師不足の解消や医療費の抑制にもつながります。我が国でも特定行為看護師という資格を設け、昨年10月から研修制度が始まりました。厚生労働省は2025年までに10万人の養成を目指しています。
当院の八鍬恵美主任は、日本看護協会認定の皮膚・排泄ケア看護師で、人工肛門のケアや褥瘡の予防・治療に大活躍していますが、褥瘡ケアに関して彼女以上の仕事ができる医者は私を含めて当地にはいません。膿瘍の切開・壊死組織の切除・止血・縫合などは今の彼女にできませんが、私が指導すれば数年間でできるようになるでしょう。看護師に限らず、彼女のようにひとつ上のクラスの仕事ができる職員を養成し活躍する場を提供することなら、無能な私にもできるような気がします。
看護師の活躍を阻むものは?、内なる意外な弱点
真っ先に思い浮かぶのは、医者の既得権ですが、世論は看護師に味方するでしょう。問題は、売り手市場で学生時代から甘やかされた若者が現場を軽視する看護師になっていくことと、業界の古い体質ではないでしょうか。私の偏見であってほしいのですが、看護師の世界は医者の世界より権威主義で、恐ろしく効率の悪いところがあります。
明治の文豪、森鴎外の上司である石黒忠悳(いしぐろただのり)・初代陸軍軍医総監は、「人はよほど注意せねば地位が上がるにつれ才能が減じるものだ」と述べています。私程度の権力でも当てはまると、肝に銘じている言葉です。
夜勤帯の病棟でのオムツ交換が大変だと聞いていたので、週に一度の当直で手伝いを始めて数カ月になります。残念ながら戦力的には足手まといの域を出ませんが、排泄物処理を行う仕事が最も尊い仕事の一つであることを身をもって知り、縁の下で医療を支えている人がいることを再認識することができました。腰痛は辛いですが、これからも続けていこうと思います。
巨大な徳洲会に様々な権力があるのは当然ですが、上に立つ者ほど、現場の苦労を忘れず、時には泥にまみれることも必要です。傲慢にならず謙虚な気持ちで、そして誇りを失わないように、皆で頑張りましょう。
※ 小宮山投手の勇姿は、You tubeで「ロッテ小宮山悟の魔球「シェイク」で連続三振」で観ることができます。
院長 笹壁弘嗣
徳洲新聞 平成29年5月8日号 直言
・過去に新庄朝日等に掲載されたコラムがご覧いただけます。