新潟労働基準監督署は、新潟市立病院の研修医の自殺を、過重労働による労働災害と認定しました。東京の聖路加国際病院は、中央労働基準監督署の立ち入り調査で医師の長時間労働を指摘され、土曜日の外来を縮小することになりました。どちらの事例でも医師の長時間労働が問題となっています。
電通が「ブラック企業」と認定されて以来、医療界でも労働環境問題が取り沙汰されることが多くなり、「医者は労働者か否か」という議論が盛んに行われるようになりました。医師の間では「当然労働者だ」という勢力が優勢で、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と医師法19条で定めている応召義務を見直すべきだという声も上がっています。
指摘を受けた聖路加国際病院では、研修医の当直を部長クラスも含めたベテラン医師が補うことになり、勤務時間が過ぎると手術中でも研修医を退勤させることもあるそうです。私は勤務医になって30年以上になりますが、あまり時間を気にせず仕事をしてきました。医療に限らず、若い時期に集中的にやらねば習得できない技術があります。時の経つのも忘れて夢中になることは、成長に不可欠であるだけではなく恵まれているとさえ思います。トラックを4時間運転した人は2時間の人の2倍働いたと言えますが、同じ手術を2時間でやる医者と4時間かかる医者の評価は簡単ではありません。手術は、早くて雑でも、あまりに長くても、患者には害毒です。我々の仕事は時間で測れない部分が大きい特殊な労働と言えます。
過重労働による自死をなくすためには時間の管理よりも、休ませる・精神科を受診させる・チーム医療を行うなどの個別の対応が重要です。一般の職業で規定された労働時間で、今の診療を提供するには、大幅に医師を増員しなければなりません。そのためには、長い時間と膨大なコストが必要です。いつでもどこでも誰でもが、安価で質の高い医療を、おもてなしの心を持つ医療者から受けるというのは幻想です。
労働者か否かという二元論では、「医者が悪い」「患者が悪い」という不毛な議論が続くだけです。労働者だから法律に規定されていること以外はしないという医者も、コンビニ感覚で受診しお客様扱いを求める患者も、どちらも医療を崩壊させる同じ穴のムジナです。本来、医療とは困った人がいて、それを助けたい人がいて始まりました。一流のビジネスマンはニーズの無いところにニーズを作る人ですが、良き医療者とはニーズに黙々と応える人だと思います。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第821号 平成29年9月15日(金) 掲載
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