2011年に米国内科専門医認定医機構財団が、「医療に賢い選択を」というキャンペーン(Choosing Wisely)を始めました。それが各専門学会に広まり、患者に不利益を与えている可能性があり考え直すべきものを5つずつ提示したリストが作成されました。今では米国外にも広がり、なぜ不適切であるかの根拠を添えて、約500項目が提示されています。我が国でも昨年10月にChoosing Wisely Japanが発足しました。この代表である小泉俊三先生は、私が医者になってから6年間にわたり直属の上司として、外科のイロハから疫学に至るまで幅広く薫陶を受けたその人です。米国で外科の修行を積み、帰国後に研修病院の教育責任者となった先生は、その後は国立大学教授となり、退官後は厚労省の委員などをしておられましたが、今回このような形で活躍されている姿に接することができました。
米国に始まった賢い選択リストを見ると、一般人だけでなく、医療者も驚くかもしれません。例えば、@神経学的所見がなく、頭蓋骨骨折の心配がない脳震盪の評価にCTやMRI検査は不要、A症状が出て6週間以内の腰痛には画像診断をしない、B小児の虫垂炎(盲腸)ではCT検査をしない、C健康な女性に卵巣癌の検査をしない。D前立腺癌のスクリーニングに安易にPSA検査をしない、EPETやCT検査などによる癌検診は控える、F大腸癌の内視鏡検査は10年に1回で十分、などが挙げられています。日本版でも、無症状の人に対するPETやCT検査、CEAなどの腫瘍マーカー検査、MRI検査による脳ドック、軽度の腹痛でのCT検査などを推奨しないとしています。
過剰な医療を控えることで、限られた医療資源を有効に活用することができます。無用な受診が減ると、一人の患者に費やす時間が増え、検査を控えて患者の話に耳を傾けることができ、患者とのコミュニケーションが良好になることも期待できます。医療費の伸びを抑制する手段としては、有益無害で現実的な選択肢だと思います。
即死する人以外は、誰もが一度は患者になるにも関わらず、医療に無知な人があまりにも多いのではないでしょうか。怪しげな情報に振り回されて損をするのは本人だけではなく、医療制度を疲弊させていることも忘れてはなりません。日本の医療制度の長所と短所を知り、病気や怪我が心身に与える影響を学び、検査や治療の功罪を知り、老いることや死ぬことを考える場として、中学校の保健体育を活用してはどうでしょう。名付けて患者学、講師は私のようなリタイヤ間近の医療者や官僚がボランティアで担当するというのはそんなに突飛な話ではないように思います。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第823号 平成29年10月15日(日) 掲載
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