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院長コラム

Vol.165 「科捜研の女か男か知らないけれど」

 東京都内の民間病院の非常勤乳腺外科医が準強制わいせつ罪に問われた事件で、2月20日に東京地方裁判所は無罪判決を出しました。訴えは、平成28年5月に乳腺腫瘍摘出術を受けた女性に、術後まもなく2回にわたり患者の病室を外科医が診察に訪れた際に、反対側の乳房を舐めたり、ベッドサイドで自慰行為を行ったという驚くべきものでした。部屋は満床の4人部屋で、カーテンがあるとはいえ、同室者だけでなく、術後であるため看護師も頻繁にやってきます。このような状況でこのような行為に至るということは、その外科医が病的な性欲の持ち主でない限り起こりえません。このニュースを聞いたとき、麻酔薬によるせん妄が起きて錯乱状態になり、患者は性的な悪夢を見たのではないかと直感しました。

 警察の取調に対して病院側は資料を提出し、外科医らも捜査に協力したにもかかわらず、3ヶ月後に突然逮捕され、以後再三の保釈請求も却下され、その外科医は3ヶ月以上も勾留されました。舐められたという患者の皮膚から採取された検体からアミラーゼという唾液に含まれる消化酵素が検出され、しかも会話で飛び散ったことでは説明できないほど多量であるため舐めたことが強く疑われ、なおかつ、それがDNA鑑定で外科医のものであると科学捜査研究所(科捜研)が鑑定しています。目撃者はおらず、これが逮捕から起訴に至る決定的な物的証拠となりました。

 しかし、裁判で明らかになったのは、科捜研が鑑定に用いた検体はすでに破棄され、再検証できない状態で、記録も鉛筆書きで何度も訂正が加えられていたという事実です。これは一体どういうことでしょうか。証拠の信憑性は再現性があって初めて成り立つはずですが、検体を破棄するということは、それを否定するものであり、意図的にやったのではないかと疑われても文句は言えないはずです。今回の一連の科捜研の対応は、その組織全体の信用を大きく損なったと言えます。

 逮捕の段階では、実名も写真も出されたこの外科医は職も信用も失った上に、3ヶ月以上も勾留されたのです。患者も名前や職業をネット上に晒されています。おそらく彼女は、意図的に作り話をしているのではなく、頭の中でそのような体験をしたのです。麻酔薬によるせん妄には性的な被害妄想が多いことは昔から知られています。産婦人科医は女性看護師のいないところでは診療しないという原則は守られていると思いますが、男性外科医が女性患者の乳房の診察を1対1ですることは、避けるべきことですが、術後の慌ただしい中ではしばしば行われていると思いますし、実際に私もやってきました。

 男性外科医はもちろん、この患者もある意味では被害者と言えます。不十分な医学的知識と不十分な証拠に基づいて逮捕し長期間身柄を拘束した後に起訴に踏み切った警察と検察、事件を十分に吟味することもなく実名報道し騒ぎ立てたマスコミ、とりわけ科学捜査研究所の看板から「科学」を外したほうがよいと言われても文句が言えない科捜研には猛省を求めます。患者は判決に強い不満をもっているため、検察が控訴する可能性も否定できません。このような不幸な訴訟は、医療全般にも影響するような気がします。

院長 笹壁弘嗣

2019年3月1日

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