新潮社の総合雑誌「新潮45」が昨年10月号で休刊になりましたが、実質的には廃刊と言ってよいでしょう。きっかけは8月号で自民党の国会議員が、「『LGBT』支援の度が過ぎる」というタイトルの論文で、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供をつくらない、つまり『生産性』がないのです」と記述したことです。『生産性』という言葉が差別的であると批判され、10月号でこの発言を擁護する論文が更に問題となり、新潮社も校閲体制に大きな問題があると認めたため休刊に至りました。
LGBTは、L(レズビアン、女性同性愛者)、G(ゲイ、男性同性愛者)、B(バイセクシュアル、両性愛者)、T(トランスジェンダー、性同一性障害者)の総称で、性的嗜好の少数派という面では共通ですが、子孫を残している人や養子を育てている人もおり、さらに、今後は生殖医療が進歩すると同性愛者間からも実子が生まれる可能性もないとは言えず、単純に一括りに扱ってよいかは疑問です。それはさておき、性的少数者は『生産性』が低いとは言えないという意見が、同じ新潮社から出ている新潮新書「橘玲著、もっと言ってはいけない」に書かれているので、紹介します。ただしLGBD全般ではなく、ゲイに限定した科学的考察です。
1980年代に米国で、少なくとも一方がゲイである110組の双子(一卵性56組、二卵性54組)を集めたところ、どちらもゲイである割合は、一卵性(すべての遺伝子が共有)では52%であったのに対して、二卵性(約50%の遺伝子が共有)では22%でした。一般人でのゲイの割合は10%程度と推定されているので、ゲイには遺伝がかなり関わっていると考えられます。その遺伝様式に関する研究も、1990年代初めに米国で行われました。114人のゲイの家系図を作ってみたところ、母方の男性にゲイが多い傾向があることから、女性のX染色体によって遺伝する可能性が高いと結論されました。しかし、このような遺伝が『生産性』が低いのであれば、遺伝子が残りにくいので、進化の過程で淘汰されてしまうのではないでしょうか。
この疑問に答える説が2004年にイタリアから発表されました。98人のゲイと100人の異性愛者の男性に面接し、合計4600人にのぼる親族を調べました。そこでわかったことは、ゲイの母方の女性血縁者、つまり母方の従姉妹やおばは、異性愛者の従姉妹やおばたちよりも、はるかに多くの子供を生んでいるということでした。ゲイの男性に受け継がれた遺伝子は、女性にも受け継がれているはずで、その女性が通常よりも多くの子供を生んだということです。つまり、ゲイの男性は子供を残さなくても、その親族の女性からはそれを補っても余りある子供が生まれているのです。ゲイ遺伝子を持つ女性が多産になる理由は不明ですが、男から愛されやすいのではというのが著者の推測です。
このような議論こそ新潮社はすべきではなかったのでしょうか。同性愛は昔からあり、今後もなくなることはないでしょう。すべてが遺伝によるものではないにしろ、子育てや友人関係が間違っていたわけでもありません。政治家や宗教者や人権派にとって都合が悪いことが、我々の周りには存在し、科学的にも証明できることもあるのです。新潮45はかつて私の愛読書でしたが、数年前に定期購読をやめました。それは私の敬愛する作家の連載が終了したことが大きな理由ですが、特定の政治色が強くなりすぎたことももう一つの理由です。
院長 笹壁弘嗣
令和元年6月1日(土)
・過去に新庄朝日等に掲載されたコラムがご覧いただけます。