福島県が原発事故後に、当時18歳以下の小児を対象に行っている甲状腺検査の中間報告が出ましたが、民間の調査で癌やその疑いがある人が17人含まれていないことが指摘され、問題になっています。チェルノブイリ原発の事故後、子供に甲状腺癌が多発したことは有名です。国連の科学委員会は、福島の事故による被爆は、チェルノブイリに比べて非常に少なく、深刻な健康被害を招くレベルではないと表明しています。実際、これまで調査した約30万人の中で、甲状腺癌は約90人(0.03%)で、半数程度が手術を受けています。若年者にこのような大規模の検診を行った例はありませんが、数千人を調べた調査とは差がなく、少なくともチェルノブイリのようなことはなさそうです。中間報告では、被爆と甲状腺癌の因果関係は否定していますが、正確には、「現段階では因果関係があるとは言えない」とすべきでしょう。
この調査は今後も続けられる予定で、取り組みが不十分との批判がある一方、そもそもこのような検診で早期に発見して治療をしても、癌死を減らすことができないという意見もあります。甲状腺癌はそれほど珍しい病気ではなく、死亡した人の甲状腺を調べると、死因とは無関係の甲状腺癌が10〜30%の人に見られます。小児期から検診を続けると、被爆とは無関係に増えます。甲状腺癌は癌の中でも最も予後が良く、特に若年者は良いことが知られています。まれに数ヶ月で死に至るような極めて悪性度の高いものもありますが、このようなものは早期には発見できません。早期発見できる癌は、早期治療のメリットが少なく、症状が出てから治療を受けても結果は変わらない事が多い、つまり、「助かる人は助かり、死ぬ人は死ぬ」という身も蓋もない話です。原発事故前後で、甲状腺癌で死ぬ人が明らかに増えた場合は、被爆が原因と言えるでしょうが、そうなってからでは手遅れというのも一理あります。
検診しても無駄であるというデータは、韓国から有名な論文が出ています。早期発見・早期治療が癌死を減らすということを信じて1999年から甲状腺癌の検診を国家事業として開始したところ、甲状腺癌の患者は15倍にも跳ね上がったにも関わらず、甲状腺癌の死亡数は減りませんでした。その結果、韓国では甲状腺癌の検診を推奨しなくなりました。この研究は、成人が対象で被爆事故とは無関係なので、福島に当てはめられるかは意見が分かれるでしょうが、参考にはなります。
甲状腺癌の治療は手術が原則で、術後は生涯にわたり甲状腺ホルモンを補充する薬が必要になることがあり、声がかすれるなどの合併症もあります。小さな癌が見つかっても超音波検査で経過を見ていると、大きくならないこともあり、まれには小さくなることもあるようです。したがって、たとえ癌であっても、小さいものであれば、10歳で手術を急ぐよりも、経過を見て30歳まで手術を先送りできることもあるのです。ということは、癌を持っているということを知ること自体に意味があるのかという考え方もできます。決して感情的にならず、冷静にリスクを知ることが重要です。このような調査を始めた以上、正確なデータ収集とその解釈が不可欠ですが、政治的思惑が入りやすい領域なので不安です。つまり、原発推進派にとっては良い結果が、反対派にとっては悪い結果が、出るほうが自らの主張を正当化できるということです。大金を使って何も言えない結果になることがないことを祈ります。
院長 笹壁弘嗣
令和元年8月1日(木)
・過去に新庄朝日等に掲載されたコラムがご覧いただけます。